西方見聞録 12 バスラ大学 〜 受け入れテスト

なんちゃって紀行



イラクのプロジェクトはすべて国家が管理している。




発注するのも国家なら受け入れの検証も国の決めた手続きをクリアしてはじめて代金の支払いがなされる。当時の汎用大型コンピュータの値段は半端なものではない。10億円単位の金額で詳細な検査も当然である。

受け入れテスト (Acceptance Test)という名前の検査は顧客が提示する要件を満たす検査手順を納入側が用意し双方立会いの下進められる。イラクではこれが現地で行われるので万一失敗すれば出荷機器の代金を回収できない可能性を孕んでいる。金を払わなければ引き上げる、との考えは先進国のお話で途上国においては一度国に持ち込んだ先進技術機器の持ち出し許可はまず下りない。ちなみに当時のインド案件では出荷前に日本の工場で検査を行うことが出来た。


バスラ大学では次のような規模の計算センター機能を実現しようとしていた。タヌーマキャンパスにセンターがありキャンパス内に端末を備える学部・部署が4か所ある。そして別地区にある医学部病院と大学本部が専用回線で結ばれていた。医学部に設置されていたのは独立したミニコンピュータでカルテや病床を管理するのが目的だ。

80年代前半の日本の状況と比べて規模・能力とも遜色は無く専用回線を介しての通信は当時の日本においても高価なもので使っているのは特定の大企業に限られていた。現在のインターネット環境と比べると当時の通信機器や回線使用料の金額は桁が三つ異なるほどだ。



 






検査では大まかに次のような事実を検証する。

 − 納品物件の員数確認
 − 性能の証明
 − 入力されたデータに対する処理結果の正当性

当たり前のことばかりだが慣れない環境では不測の事態が起こりがち。そのため事前に国内で数度のリハーサルを行ってきた。しかし万一の時が大変だ。当時イラクではファックスの使用認められておらず、通信手段は電話とテレックスになる。例えばメモリーダンプを日本の開発に送ろうにも不可能なことである。


テストの進め方はこうだ、

 − 進行は顧客の大学のセンター長が司る
 − 各手順の実行は納入側の私達
 − 政府の検査官がテスト条件と結果を確認する


三者の役割を解り易く言うと、大学はお菓子を欲しがっている子供、検査官は財布を持っているお母さん、私たちはお菓子屋さんだ。

子供役の大学はお菓子屋さんの味方である。何しろお菓子は目の前にある、今更お母さんに取り上げられて店の棚に戻されてはたまらない。早く儀式を終えて準備の整った高価な最新コンピュータを使ってみたい。それがセンターの役割である。


手で触れるモノの員数は目視確認。導入されているソフトウェアはその対象が動作し所定の結果がプリントアウトされる事で確認出来る。興味深かったのはディスク容量の確認。シナリオではメインコンソールで容量を表示することで結果とするシナリオだったがケチがつく。

「容量分の文字を書き込んで見せてほしい」

検査官は特にコンピュータの専門家ではないようだが言っている事は正当である。ただし急ごしらえで現実にこれを行うのは得策ではない。工学博士のセンター長が検査官の疑問に答える形でディスクの記録方式の講義をすることになる。

しかしながら、検査官のこのような疑問と要求は素朴でありまっとうな事だ。日本に住む私たちは素朴な疑問というものを気にかけなくなってしまったような気がする。言ってしまえば物分かりが良すぎる知ったかぶりのようなものか。何事も基本に返り見直してみるのは有意義なことに違いない。後々インドでも同じような経験をすることになる。

 

   
   
   

コンピュータ上のテストの事実はログとしてプリンターに逐一印字される。日付・時刻、関連プログラム、対象周辺機器や端末のIDなどが事実の発生順に一定の様式で印刷されるので証拠としての要件を備えている。

検査は順調に推移するも小さな問題が発生する。
顧客職員が検査事実を証明するログの用紙を切り離してしまった事が検査の正当性を損ねたと検査官が騒ぎ出す。これは少々理不尽だ。検査官のあなたと大学側が話し合えばログの正当性を確認できるじゃないか。よくない雰囲気が数日続く。

日本から事業部長が来ていた。営業段階からのプロジェクトの総責任者だ。当時イラクにおいて他の多数のプロジェクトが並行で進んでいた。彼はこれら全ての責任を持つ人だ。

その事業部長が芝居をする。「検収する気が無いのなら日本人は明日引き揚げる、搬入した機械は好きにすればいい」とかました事で検査官はマズイ事になると理解したようだ。

このテスト、色々な意味で勉強になったのは言うまでもない。

   
   
   
   

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