西方見聞録 11 バスラ大学 〜 バスラレモン

なんちゃって紀行



お茶の話しを続けよう。

   


機器検収のための受入れテストを控えた冬の日々、夏は酷暑のバスラも冬には風邪が流行る。気温は日本でいえば大阪くらいのものか。水たまりが凍るようなことはない。しかし乾燥した空気はウィルスが生き延びるのに好都合のようだ。
   
   
 

バスラレモン

茶室に行くと風邪をひいている人が多い。何時もと違って少し色の薄い茶を飲んでいる。それをいただいてみると強烈にスッぱい。この強力な酸味に似たものはレモンのそれである。

みんな面白そうに驚いている私を見て言う
「バスラレモンというものでビタミンCが豊富で風邪に効く」

実際はライムである。地元ではヌーミバスラ(Noomi Basrah)と呼ばれ干したライムを砕いて煎じたものでインドから中東全域で見られる飲料だ。なぜか夏に見かけたことはない。


コーヒーについても書いておこう。
コーヒーを頼むとネスカフェが出てくる。ここではネスカフェが西洋風コーヒーの一般名。

クリネックスも一般名だ。ティッシュペーパーと言っても通じない。言うべき言葉はあくまで「クリネックス」である。欧米のビジネスの威力はすさまじい。

ネスカフェが主流なのではない。中東はコーヒーの発祥の地。イラクでは豆から淹れたコーヒーをガフワ(Gahwa) と呼び、これが主流である。ガフワが欧州に伝わってカフェ、さらに英語圏でコーヒーへと変化する。語源はガフワである。
 

   

干したライム

 

コーヒーの起源のお話をご存じの人も少なくないだろう。

9世紀エチオピアのカバァという村で、ある日羊飼いのカルディが羊を追っていると道端の木の実を食べた羊が興奮して飛び回っている.. と言うやつだ。話しの伝承はアラブ人による。これは羊飼いの少年の名がカルディとアラブ風の名である事からも類推できる。

この話の舞台はアフリカだがコーヒーノキの起源は今のイエメンだといわれている。イエメンは芳醇な香りのモカの原産地でもともとモカは港町の名前である。アラビアがコーヒーの起源のほぼ中心付近にあると考えて矛盾は無いようだ。


ガフワはコーヒー豆を細かく挽いて小さな鍋で煮込み上澄みをカップに注いでいただくのが作法。コーヒーの粉が残るので少々ざらざらする。頂いた後のカップの底には粉がこびりついている。カップをひっくり返してしばし待つこと5秒、粉の模様でその日の運勢を見るという楽しみのおまけも付く。

   
 

ガフワ

コーヒーは中学の頃から豆を挽いて頂いている。40年前の田舎ではコーヒー豆の入手もままならず、購うために自転車で40キロ離れた街へ遠征した事もある。頑ななブラック派でこれまで一日もコーヒーを欠かさぬ人生を送ってきた。

カフェイン依存だろう。コーヒーの実をかじって飛び跳ねる羊のようなものなので大好きな星空をじっくり眺めるのは落ち着きを整える意味でも良い趣味だ。しかし夜の冷気で凍える体を温めるのにまたしてもコーヒーでは仕方がない。


今回のお話にあたり記憶の片隅にしかなかったコーヒーの名前ガフワを調べる過程で綺麗な水彩画に巡り合うことが出来た。何とも言えないほど柔和な絵である。

世界にはまだ知らない綺麗なものがたくさんありそうだ。

 
 
 
 

The coffee bearer (1857)        John Frederick Lewis

 

 
     

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