雑記 星空のいざない 
   

2015年 4月29日 - 星の降る里 芦別とはこんなところ

   
   

日本の津々浦々、人口減少と高齢化によるコミュニティの「限界化」が始まっている。耳にすることの多い限界化というのはコミュニティ消滅の過程を表している言葉だ。芦別はこれが先鋭化している街で身の回りでもその進行が見て取れる。

 

   

地域の成り立ちは農業のための入植で始まっている。

1900年初頭以降、相次いで発見された石炭の鉱脈が産業振興の掛け声のもと開発され、五つの炭鉱を擁した最盛期の人口は 7万人を超えていた。

エネルギーの主体が石油へと遷り最後の炭鉱の火が消えて20年余り経過した現在は人口 1万5000人の高齢化地域になっている。数年もたてば65歳以上の住民の比率が 50%を超えるとのことだ。

現在の産業構成は農業、商業、林業、製造業、観光業等。しかしながら後継者のいない農業が最も健全と言わねばならないほど活気は失せている。

芦別が立地する北海道中央部にはこのような旧産炭地が多い。ある意味一歩先を行っている夕張市の衰退ぶりは全国的に有名だ。

 

写真は捨て置かれている住居群だ。街の中でも特に寂れた場所というわけではない。街の要の駅からおよそ300m、途中には営業しているのか、はたまた既にに廃業してしまったのかはっきりしない店が立ち並ぶ歓楽街がある。ところが夜歩いているのは酔客ではなくネコか里に下りてきたキツネやタヌキの類。2015年の春には鹿もこれらに加わった。空き家はきっと動物のねぐらになるに違いない。そのうちご近所といえば、向かいはタヌキさん、右隣はキツネさんなんてことになってしまうのではないか。

写っている全てが廃屋で手前は空き地、そして向こう側にはもっと大きな廃屋の連なりがある。戦後早い時期に建てられた古い住宅には駐車スペースも無く不便なものだ。「デッカイどー、北海道」の住宅の敷地は皮肉にも狭いのである。

街のどこでもこのようなところが急速に増えている。

芦別を他の街との地理的な関係で見るとかなり微妙な立地といえる。


観光地の旭川、富良野、美瑛が東に連なる。そして空知地方の中核都市、岩見沢と滝川がそれぞれ道路で結ばれていて芦別はこのど真ん中。

岩見沢と富良野を結ぶ道路が完成したことで芦別を通過する車は激減した。明らかに何処へ行くにも芦別を通る理由が無く陸の孤島のようなもの。

地元では交通量減は街の経済に重大な影響を及ぼすとしているがどうなるものでもない。傍ら芦別と美瑛を結ぶ新しい国道の工事が中断している。国の財政緊縮政策のため費用対効果が疑問視されているからだ。

サクランボ農園を訪れる海外からの観光客が増えているそうだ。これを考えると芦別にとって美瑛−芦別間の道路の存在意義は一定の重みがある。


近隣に有名な観光地が連なるがこれが良いのか否か?「良い」と言えるような何かを創作する手腕の見せ所かもしれない。

 

 

食べ物について。

嗜好についての事ゆえ私個人の主観として受け取っていただきたい。


芦別と言えば「ガタタン」なのか? 

芦別土着の料理との意味でイエス。しかし住民の間で広く食されているかとの観点で見ると微妙である。漢字で含多湯と書くそうだ。湯とはスープ/シチューの類。又聞きになるが旧満州から引き揚げてきた近所の中華屋が当地で見た田舎料理をアレンジしたものがこの料理とのこと。創作には敬意を表したい。いくつかの飲食店に継承され芦別の料理として世の中に知られているのは事実だ。


キワモノは「石炭ラーメン」
麺もスープも真っ黒で正体はイカスミと竹炭。そもそも竹炭とは食材なのか?


特産のユリ根を使ったスイートは優れている。
最近十勝地方に特産地の名を奪われているが以前は芦別が日本一の産出地だ。ユリ根ぜんざいや羊羹は滑らかで上質の甘さを味あわせてくれる。


サクランボは季節限定で7月が最盛期、農園でつまみ食いするのも楽しい。新城地区で採れるジャガイモを忘れてはいけない。ただしもともと生産量は多くなく、有名になったせいで地元でも流通量は限られている。


 '道の駅スタープラザ芦別' で検索するとこれら産品の情報が得られるだろう。



星空と関係の無い事をダラダラ書いてしまったが、このような街で空の写真を撮っている。



星の降る里 芦別のカナディアン・ワールド公園 付近から見る三日月と金星